‘歴史’ カテゴリー

お前はまだグンマを知らない その2 群馬の山々

グンマーの続き…!

 

富岡製糸場を観て、

グンマのソウルフード「焼きまんじゅう」を食べて生き延びた。

 

次に向かうは「草津温泉」

「草津~良いとこ~♪一度は~おいで~♪」

……この歌詞、色々オマージュされてますね。

 


「草津よいとこ薬の温泉(いでゆ)」

 

グンマの聖典「上毛かるた」の一節にもあります。

温泉を「いでゆ」と詠むのは、他県のスパイを欺くトラップだとか……
(お前はまだグンマを知らない より)

 

 

……でこの草津温泉、グンマでもさらに山奥にある……

正直どうやって行くのか……これがわからない……

 

グンマ行きの前日、久々に親戚一同揃った会食の席にて従姉から

「草津温泉なら軽井沢から行くといいよ」

……?!……なんでグンマ行くのに途中で長野県通るんだ?!

旅行好きで草津温泉にも何度か行っているという従姉の言うことなんで、

信じてグンマを一度抜けて長野県へ

 


碓氷峠…!

 

群馬と長野の県境にある峠

かつてあった信越本線の

横川駅~軽井沢駅間を重連機関車が先導する区間で有名

 

 


妙義山…!

 

碓氷峠の近くにある上毛三山の1つ

切り立った岩山が、中国かどこかの山のよう

 

長野県軽井沢を通過し再び群馬県へ

左手には浅間山が見える

 

 


浅間山…!

 

長野県~群馬県境にある山

……てか、4月なのに付近は深い雪の中なんだが……

どうなってるんだ!?グンマー

 

この道、山頂がえらい近いよ……なんか煙噴いてるし……

今噴火したら確実に死ぬな(^-^)

 

 


昨年の大河ドラマ「真田丸」にて

真田昌幸「富士、浅間が噴火しない限り武田は滅びません!」

浅間山「やっほっ!(^o^)/」ちゅどーん!!

のコントは受けたなw

 

 


鬼押し出しの休憩所より浅間山を望む……

……なんか、めっちゃ煙噴いてるんですけど……

 

 


付近は噴石だらけ……ここに至る道にも沢山の噴石が……

さすが絶賛活動中の火山……

 

 


榛名山…!

上毛三山の1つ、この山は草津温泉からの帰り道に拝めました

カルデラ山でカルデラ湖もあります。

あと頭文字Dの舞台にもなりましたっけ。

作品中では「秋名山」と改変されてました。

この山を拝める近くに岩櫃城址の看板が……

 

 


岩櫃城…!

 

これも真田丸に出てきた真田の城ですね。

武田勝頼がこの城に来てれば武田は滅びなかったのでしょうか…?

 

あと近くで八ッ場ダムの工場が、、

ちょい前に作る作らないでニュースでやってましたっけ?

既に道路とJR吾妻線の移設が行われた後でした。

 

 


赤城山…!

言わずと知れた群馬を代表する霊峰

 

国定忠治の名台詞?

「赤城の山も 今宵限り」の一節が有名ですかね。

 

また群馬では、

「かかあ天下と空っ風」と言われ、

赤城おろしの 上州空っ風も有名ですね。

 

榛名山と同じでカルデラ山でカルデラ湖もある。

箱根もそうですが、カルデラ山にはカルデラ湖がよくセットで付きますね。

破局噴火する以前は富士山以上の成層火山だったとか……

それをいったら阿蘇山とか噴火前は7000m級の成層火山だったという説も……

 

 

上野東照宮

真田丸も終わってしまいましたね。

一応、直虎ちゃんも視聴しております。

今のところ、まぁまぁ面白いかな?

春風亭昇太さんの今川義元の怪演もいいですね。

あの方、笑点では若く見えるけど、

義元役の厚化粧だと逆に老けて見えるなw

部下に代弁させてるところは、

昔のビジュアル系バンドMALICE MIZERのMana様みたいだ。

 

 

「徳川家康」

直虎ちゃんでも出るみたいですね。

今回は、阿部サダオさんでしたっけ。


真田丸の内野聖陽さんだと、しかみ像のような神経質な家康という感じでしたが。

阿部サダオさんだと、一見ヘタレ?な感じだけど、

内に野心を抱いてるような家康なのかな?

 

 


内野聖陽さん、むか~しNHK連続TV小説「ふたりっこ」に出てたときは、

「もやしっこ」の草食文系男子という感じでしたが、かなりイメチェンされましたね。

 

 

「上野東照宮」

元和2年(1616年)、危篤の家康から自分の魂が末永く鎮まる所を作ってほしいと

藤堂高虎と南光坊天海に遺言されたという。

寛永4年(1627年)、藤堂高虎が上野の敷地内に最初に創建した。

現在の社殿は慶安4年(1651年)に家康の孫である徳川家光が改築したもの。

 

東照宮と言えば徳川家康を祀った所で、全国各地にありますが、

有名所で言えば

 

日光東照宮(栃木県)

久能山東照宮(静岡県)

 

が、有名ですね。

実家がある仙台にもありました。

ここ上野にもあるのを最近知ったので行ってきました。

上野東照宮には、徳川家康以外にも八代将軍徳川吉宗、

十五代将軍徳川慶喜も祀られています。

 

 


パンダでお馴染み上野動物園の隣にあります。

 

 


百式のように金ぴかな上野東照宮

ビームコーティングは……されてるわけがないか……

 

 


五重の塔もある

 

 


冬の牡丹祭が開催されていました(有料なので入らず……)

 


関係無いですが公園内の寒桜が咲いていました。

 

 

暖かくなってきたら、今度は久能山東照宮に行ってみようかな。

父方の祖父母が静岡(清水)なので、

小さい頃連れていってもらったような記憶がありますが、

多分その頃はここが何なのかよく分かって無かったと思います……

 

 

武田信虎と武田勝頼…と長篠の戦…と真田丸…おこうさん

俳優の平幹二郎さんが亡くなられました。

 

平幹二郎さんと聞いて自分が思い出すのは

大河ドラマ【武田信玄】での晴信(信玄)の父親【武田信虎】

 

 

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狂君主とも言われた信虎 苛烈な勢いで甲斐を統一していきました。

 

彼のやり方は信長のような独裁でもあり、

国人領主の寄り集まりの中世日本の支配体制とは相反すものでした。

そんなわけで反発を招き、各領主達は晴信を担ぎ上げ信虎を追放してしまいます。

 

追放後は各地を放浪し当時の大河ドラマとしては珍しい

ギャグ担当みたいな感じでした。

そんな平幹二郎さんの怪演がとても印象的でしたね。

 

で、その幹二郎さんの息子【平岳大】さん

今年の大河ドラマ【真田丸】初期に登場した【武田勝頼】

 

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哀愁を帯びた名演技にとても惹かれました。惚れました!

小山田信茂に裏切られ……

家臣「これからどうするのですか?」

勝頼「……ふ……わからん……」

……と言い笑うシーンが最高でした!(台詞こうだったかな……)

 

お父さんが勝頼の祖父信虎を演じていたことで抜擢されたのは共通点があるから?

勝頼もどちらかというと信虎のような独裁型でしたからね。

 

武田勝頼、好きな大名の1人ですね~

 

【諏訪勝頼】

一説よれば彼は武田の当主ではなく

真の当主である息子【武田信勝】の後見人だったとも。

武田家当主は代々【信】の字があるのに勝頼は無いですからね。

 

晴信は勝頼を正式な跡取りとして箔をつけるため、

将軍足利義昭に偏諱と朝廷から官位を授かろうと工作しましたが、

信長に妨害されて出来なかったとか説も。

 

もしそれが出来ていたら正式な跡取りとして反発気味だった家臣団もまとめられた?

所詮彼は【諏訪勝頼】でしたからね……

穴山梅雪なんかあからさまにそう思ってそう……

 

足利義昭から偏諱されてたらどんな名前になったのかな?

武田信昭?昭信?

義信……だと廃嫡され死んだお兄さんと同じ名前か……

 

 

【長篠の戦い】
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確か小学校か中学校の社会科で勉強しましたね。

当時は歴史にそれほど興味はありませんでしたが、

桶狭間、長篠、関ヶ原は3つは社会科で勉強した記憶。

その時の先生の教えかたが上手かったのか、はっきりと覚えてますね。

中世式の騎馬隊中心の武田勝頼軍が、

近代式の鉄砲隊を率いた織田信長軍に、

鉄砲三段撃ちで壊滅させられたとか……

戦が中世から近代に移行したのが、この長篠の戦いと教わりました。

 

 

歴史と言うものは新しい発見や解釈によって徐々に変化するものですが、

この長篠の戦いも社会科で教わった頃より変わってるみたいですね。

 

【武田軍も多数の鉄砲隊】
旧式の騎馬隊中心で新式の鉄砲を軽視していた武田軍と言われてましたが、

長篠城を攻めた時、武田軍が多数の鉄砲隊を動員していて、

今でもその弾痕が残ってるそうな。

 

逆に武田騎馬隊の方が存在が疑問視されているとか……

ちなみに武田鉄砲隊は晴信(信玄)の時から増やしており

川中島の戦いでも鉄砲隊はいたらしいです。

 

 

【鉄砲はそこまで重要では無かった】
信長軍の鉄砲三段撃ちも怪しいというか、

当時の火縄銃は、牽制や攻城の時くらいしか使えなかったとか……

 

 

【武藤喜兵衛から真田昌幸】
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真田昌幸のお兄さんの真田信綱と真田昌輝が

この長篠の戦で戦死してしまいます……

これにより武藤家の養子に出ていた三男昌幸が急遽真田家の跡取りになります。

 

正直いまいち地味なイメージのお兄さん達でしたが、

武田24将に父真田幸隆とともに上げられる程なので、

名将だったことが伺えます。

 

特に長男の真田信綱は猛将として名高く真田家の期待の跡継ぎと言われてました。

真田信繁は叔父信綱を尊敬していたそうな。

信繁に信綱と同じ「左衛門」を名乗らせているのは

信綱のように剛勇になってほしいという昌幸の期待があったとも。

 

真田幸隆と真田昌幸は軍師タイプでしたが、

信繁と信綱は将軍タイプなので叔父さん似だったのかな?

 

【清音院殿(おこうさん)】
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真田信幸の奥さんの おこうさん

真田丸では初期は病弱キャラ(志村けんのコントをイメージしたとか)でしたが

最近はその設定は忘れられたのか、すっかりお元気ですね。

真田丸でも好きな登場人物でした。

 

おこうさんは真田信綱の娘さんで信幸とは従姉(妹?)婚だったわけですね。

正室から側室にされたのも真田家の者なので割と融通がきいたのでしょうね。

これが他家の姫君だったらそうはいきませんし……

 

本人は複雑でしたでしょうが、お家のため涙を飲んだ……

仮に おこうさん が男だったら長男筋なので正式な真田家の跡取りになっていたかも?

 

離縁されず側室になったのは、おこうさんは真田昌幸が真田家を継ぐために

本家と繋がりが必要なわけで追い出すわけにはいかない。

それだけ影響力があったわけですかね。

 

 

話はそれましたが、いずれにせよ、

長篠の戦いで多くの将兵を失った武田軍の凋落が始まるのですが、

一応領土的には信長が甲斐に進行してくるまでは、まだ多くの領地を保有していたわけで。

 

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敗れたとは言え、織田や毛利に次ぐ領土

 

 

【もし勝頼が真田昌幸を頼って岩櫃城に逃げていたら?】

歴史にifはナンセンスかもしれませんが、色々考えちゃいます。

昌幸は北条と手紙のやり取りをしていたそうですが、

勝頼を売る算段だったのでしょうか?

 

仮に勝頼を裏切っていたら小山田信茂のように殺されていたかも?

自分は勝頼を助けたと思いたいですね。

昌幸の武田家に対する忠義は揺らぎないものであったと思います。

信玄や勝頼の墓を造ったというエピソードもありますし。

 

表裏比興のものと言われ次々と従属する相手をコロコロ変えていったのも、

主家の武田が滅んだから出来たものなのだと思います。

【自分が仕えるのは武田家のみ】

 

んで勝頼を助けて上杉景勝と直江兼続みたいな関係になるはず?

史実では勝頼の死後わりとすぐに本能寺の変が起きますが、

それまでに岩櫃城で勢力を蓄え、

本能寺の変の後、空白地帯になった旧武田領は

勝頼が生きていれば割りと直ぐに奪還できそう?

 

 

【本能寺の変のトリガーは武田家滅亡?】
勝頼が生存していたら本能寺の変は起こらなかった?

武田家を滅ぼした信長はこの時点で実質的にもう天下人と言えるでしょう。

 

南部、伊達、佐竹、北条、上杉、毛利、

長曾我部、竜造寺、大友、島津……etc

 

まだ多くの大名が割拠してますが

残りは消化試合……

信長も天下をほぼ手中に収めて油断したのでしょうね……

 

でも上野(岩櫃城)に籠って粘れば、

いずれクーデターは起こるべくして起きるでしょうから……

 

これ以上はナンセンスなんで止めておきます……

 

 

花燃ゆ 龍馬!登場

今年の大河ドラマ「花燃ゆ」

視聴率悪いだの、誰これ?だの、つまらないだの、

評価は散々みたいですが、自分は歴史好きなので惰性で毎週見ております。

つまらなくはないですが、確かにぱっとしないよな…主人公誰これ?も同意…

 

 

さて今回は幕末の大事件「桜田門外の変」と坂本龍馬登場が見せ場です。

で、その桜田門…名優「高橋英樹」さんの「井伊直弼」の散り様、

殺陣を大変期待してたのですが…

 

 

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銃声と花ポタ、テロップとシャアのナレーションだけで終わり…w

 

 

……はぁ?!…これは酷い…!もはや擁護のしようがないな…

手抜きにも程がある!!!

 

 

そう言えば昔、もっくん慶喜の時の「池田屋事件」の殺陣が、

恐ろしく気合いが入っていたのと対照的だなぁ……

毛利敬親 そうせい侯と呼ばれた名君

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軍師菅兵衛も終了しちゃいました。

出演者の皆様一年間お疲れ様でした。

来年は真田信繁だと思ってたら、再来年だったか……

来年は『花燃ゆ』という幕末が舞台の物語ですね。

主人公は 杉 文(井上真央)という、長州藩の下級武士の娘で、

幕末維新に大きな影響力を残した吉田松陰の妹ですね。

最初の夫は幕末の風雲児 久坂玄瑞 禁門の変にて命を落としますが、

生きていたら、木戸孝允、西郷隆盛、大久保利光と並んだ明治新政府の中核に成ってたであろう人。

再婚相手が、後の初代群馬県知事 小田村伊之助(楫取素彦)

このサイトの右下のリンクの今ハマっているマンガ

『お前はまだグンマを知らない』でも登場しました。

前置きが長くなりましたが、

今回はこの大河ドラマ『花燃ゆ』にも登場する

長州藩主『毛利敬親』を取り上げたいと思います。

この毛利敬親公は一般的な幕末物語では、

家臣の進言に対し「そうせい」としか答えなかったそうなので、

いつしか『そうせい侯』とあだ名されてしまいました、

これだとイメージとしては、主体性が無い、

家臣の言うことにホイホイ従ってしまう

暗君として見られてしまいますね。

事実、そういうイメージを抱いてる人は多いようです。

果たしてそうなのでしょうか?

毛利敬親公は家臣や民の教育にとても熱心な藩主で、

藩校『明倫館』大改革、大幅拡張を断行し、

優秀な人物を身分にとらわれず、広く求めたと言われています。

そして有能な人材を次々に取り立て行きました。

吉田松陰もその一人でした。

彼は長州藩の半士半農の身分の低い下級武士の出身ですが、

毛利敬親公は松陰の才能に惚れ込み、自ら弟子入りし、

彼の名声を高める一役をかいました。

毛利敬親公は教育大改革で畑を耕し、

そこに吉田松陰をはじめとする優秀な人材の種をまいたのです。

後にその畑からは、幕末の偉人や明治の大政治家が数多く生まれました。

他の幕末の名君と呼ばれた藩主

島津久光(藩主では無いが実質的藩主)、山内豊信、松平春嶽

のように自ら先頭に立ち、リーダーシップを発揮する人とは違い、

人を見る目があり、優秀な人材を適材適所で任せ、

自分はその神輿に乗るタイプだったのでしょう。

同じタイプの君主として、漢王朝の初代皇帝『劉邦』に似てるかも?

明治維新後、廃藩置県が行われるさい、反対する藩主を抑えるため

木戸孝允は維新の先頭に立った長州藩藩主が率先して廃藩置県を認めれば、

反対するものも居なくなるだろうと、毛利敬親に進言します。

彼は快く承諾し、それに付け加えて

「そのような大改革をする時は、必ずや反対する者が居よう、油断するなよ」

と木戸孝允に助言しました。

木戸は毛利敬親公の決断と助言に感謝と感動を受けたそうです。

そうせい侯とあだ名された毛利敬親は、

木戸孝允をはじめ、多くの家臣に尊敬されていたそうです。

まさに名君と言えるのではないでしょうか?

さて、同じ名君と呼ばれた島津久光公はどうでしょうか。

彼は維新のさい「俺はいつ将軍になれるのか?」と聞いたり、

前述の廃藩置県にも大反対し、すねてしまったそうな。

土佐の山内豊信公は、酒の席で家臣に対して、

長州藩主は家臣の言いなりになってるダメな藩主だとバカにしたそうな。

明治維新という観点からすると、あなたは足引っ張ってばっかでしたが。

大河ドラマ『花燃ゆ』では、北大路欣也さんが毛利敬親公を演じます。

ということは、名君として描いてくれることを期待したいですね。

彼の暗君と呼ばれる誤ったイメージを払拭してもらいたい所です。

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